季節のエッセイ 2010/09/15掲載 
 

 
 ◆◇◆ 平成22年度公開講座開催にあたって ◆◇◆
 
 
栃木方言の思い出
 
 
栃木学習センター所長
鯨井 佑士
 
 
 栃木学習センター本年度第2回の公開講座は10月3日(日)に宇都宮大学名誉教授の小池清治先生に「シモツカレの行く方―栃木方言あれこれ」と題してお話をしていただきます。これに因み、わたしは、栃木方言にまつわるわたしの体験の思い出を書いてみましょう。
 
 
てっきり怒られたのだと……
 
 わたしは東京生まれの東京育ちです。ということは、東京弁、つまり共通語を話すということです。今から40年以上前の話です。忘れもしない、わたしが宇都宮大学に赴任して初めて授業をした日のことです。最初の授業が終わったあと何人かの学生たちがわたしのところにやってきました。何か質問でもあるのかと思っていたら、そうではなく、その中の一人が「先生は標準語を話すんですね」と感に堪えたように言うのです。わたしはとっさにその意味がわかりませんでした。当たり前のことを言うものだな、くらいに聞き流したのですが、後になって思い当たるところがありました。多分、こういうことだったのです。40年前、宇都宮では「標準語」を話す人間はきっと珍しかったのでしょう。もちろん、ラジオなどでは「標準語」のアナウンサーの放送を聞いていたでしょうし、学校でも「標準語」教育をしていたでしょう。地元出身の先生方も「標準語」で話すように努めていたはずです。でも、わたしのように東京生まれで東京弁を話す教師はまだ少なかったのだと思います。生の「標準語」を話す人間と出会ったことはその学生にとって少なからざるカルチャーショックであったのではないでしょうか。

 もう一つ、ほぼ同じ時期の思い出です。大学に赴任して事務手続きをするため事務に初めて顔を出しました。そのとき年配の事務官がわたしに声をかけたのですが、大変びっくりしました。「先生、・・・・・ 」といきなり怒られたのです。正確に言うと、何を言われたのか聞き取れなかったのですが、怒られたと思ったのです。よくよく聞いてみて、怒られたのではないことが分かりました。問題は尻上がりのイントネーションにありました。栃木方言の特徴です。これが、わたしとしては初体験だったものですから、切り口上に聞こえたのです。怒られたのではないことが分かりほっとしたものです。
 
 40年間付き合っているうちに、そのイントネーションも今では少しも違和感を感じなくなりました。というよりも、聞いていると何となく懐かしく親しみを感じます。でも、まねをしようとしてもまねすることができません。こればかりは子供の時に学ばないと身につかないのでしょう。小池先生によれば、現代の栃木方言は語彙、語法の面では共通語化しているけれども、調子は昔のままで変わっていないとのことです。不思議なことですね。
 
 
「コワイ」誤解

 もう一つ、栃木弁にまつわる思い出があります。これは学生たちと那須の茶臼岳にハイキングに行ったときのことです。山頂近くまで登ったとき、学生の一人が「先生コワイですか」と聞くのです。茶臼岳の山頂近くは噴煙が噴き上げているところがあります。硫化水素が噴き出しているので、確かに危険はありますが、それを恐れるほど自分は臆病ではないと、やや憮然として「怖くない」と答えました。ところが、下りになって、何ら危険がなさそうな所になったときにも、また「先生コワイですか」と聞かれたのです。キョトンとしてしまいました。「コワイ」というのは栃木弁で「疲れた」という意味であることを知ったのはだいぶ後のことです。今の私からは想像しがたいのですが、当時わたしは胃腸が弱く、モヤシのようにやせていました。学生たちは虚弱なわたしを気づかって「疲れていませんか」と声をかけてくれたのです。せっかくの思いやりに気付くことができなかったのです。今となっても慙愧に堪えません。
 
 今回の公開講座、小池先生の講演は、中世の『宇治拾遺物語』から現代の立松和平まで、栃木方言を歴史的にたどり、さらに現代の栃木方言の実態をお話していただく予定です。どうか皆さん奮ってお出でかけください。
 
 

 
※エッセイで紹介されている公開講座は終了しました