ご挨拶


栃木学習センター所長 井本英夫   


41日より,海野孝前所長の後任として、栃木学習センター所長に就任いたしました井本英夫です。よろしくお願いいたします。

私は1949年生まれで,団塊の世代の最後にあたります。育ったのは,大阪南部の南河内郡,私が中学生の時に堺市に編入された地域です。当時は,一面に水田が広がっていたところで,栃木県の中心部と似た風景の所でした。どちらの土地も河内と呼ばれたゆえんかもしれません。その水田地帯から少し高くなった土地は水がなく,田にならない場所でしたので,最初に住宅地として開発されました。そんな新興住宅地の環境で小学校から高校まで過ごしました。小高い場所でしたので,南東には楠木正成で有名な金剛山,東には万葉集にも出てくる二上山が見え,北には,大阪市内の通天閣や大阪城が空気の澄んだ日には見えました。この地域を走る唯一の鉄道である南海高野線は,一面の田んぼの海の中を通っていましたが,今は,住宅地の中の線路となっています。その後,大学時代は東京,ポスドクはアメリカ合衆国と西ドイツ(当時),最初に就職したのは大阪の大学,その後,再び,東京へ戻った後,2000年に宇都宮大学工学部に来ました。それ以来,宇都宮に住んでおり,すでに,人生で最も長い期間住んだ場所となっています。

 専門は無機化学です。特に新しい無機化合物を合成し,その構造を決めるような仕事が中心です。修士課程までは,有機化合物に近いような物質の合成をしていましたが,博士課程では,水素を吸って蓄えるような合金の研究をし,ポスドクでは,金属と塩素やヨウ素との化合物を合成していました。これらの研究で扱った物質は,空気中の酸素や水と反応するので,実験にはいろいろと工夫が必要でした。その後は,もっと安定な物質を中心に扱うようになりました。大地をつくる岩石は,ケイ素と酸素が骨格となり,それにナトリウムやカルシウムなどの金属元素を含む鉱物からできています。このケイ素の代わりにリンが入っているような化合物に興味を持ち,これを中心に研究を行ってきました。ケイ素とリンは周期表では隣同士ですが,ケイ素の代わりにリンが入ると,ケイ素の場合より格段に結合できる金属元素の種類が増え,多様な化合物が形成されます。そのような化合物を合成し, X線を用いてその構造を調べてきました。もっとも,このような話は,あまり実用的ではなく,家庭内で,化学者として評価されるのは,例えば,いろいろな汚れをどのように落とせば良いかという場合です。

 私は,今まで,いろいろな場所で,学び,研究をしてきました。場所ごとに,学びやすさ,研究のしやすさが違っていました。何か,人の心を前向きにし,学ぼうとする気持ちが自然に湧いてくるような環境というものがあるように思います。それは,おそらく1つの要素ではなく,いろいろな細かい要素がうまくかみ合って,全体として機能するのだと思います。栃木学習センターへ来ると,気持ちが前向きになる,そんなセンターを目指して努力したいと思います。